海湾の一部が砂の堆積により外海から切り離されてできたものを海跡湖と言うが、十勝の海岸線にはこのような湖沼が点在していて十勝海岸湖沼群とも呼ばれている。
北海道の海岸線を一周する道路はほぼ海沿いを通っているが、十勝の海岸線だけはこれらの湖沼群があるためかやや内陸部を通過することになる。
長節湖、湧洞沼、ホロカヤントーなどへは、それぞれ国道から分かれて一本道を走らなくてはならず、特別の目的がある人以外はほとんど素通りしてしまうような場所だ。
ホロカヤントー近くには晩成温泉があり、キャンプ場も隣接しているので、ここだけは訪れる人も多い。
長節湖、湧洞沼は夏の海水浴シーズンだけキャンプを楽しむ若者や家族連れで賑わうようである。
秋になれば鮭釣りの竿がずらりと海岸沿いに並んでいるという話しもあるが、それ以外の時期は訪れる人もほとんどいなくて、太平洋の波の音と野鳥の囀りが聞こえてくるだけの静かな場所である。
また、海岸の丘陵地帯を縫うようにアップダウンを繰り返す国道336や湖沼へと通じる道路も快適なドライブルートだ。運が良ければこの付近に営巣する丹頂の姿に出会えるかもしれない。
十勝川を釧路方面に渡り、昆布刈石から十勝太へ抜ける道もお勧めのルートだ。海沿いの海岸段丘の縁を走るような道なので太平洋の絶景を眺めながらのドライブを楽しむことができる。しかし、以前私がここを走ったときは、この道に平行するような形で海とは反対側に国道336の工事が進められていたので、現在は何の面白味もないルートに変わってしまったかもしれない。
この十勝沿岸の湖沼群で私が一番お勧めしたいのが、原生花園の花が咲き誇る6月末から7月始めにかけての季節である。
北海道の原生花園と言えば小清水原生花園とかサロベツ原生花園が真っ先に上げられるだろう。当然そんな場所には観光バスがドッと押し寄せてくるし、「一体どこに花が咲いているんだ?」と、僅かしか咲いていない花を探しながら団体さんと一緒になって木道の上をゾロゾロと歩くことになるのである。
観光ルートからは完全に外れてしまっているこの場所では、まず一般の観光客がやってくることは考えられない。
訪れる人のほとんどいないような場所で、ひっそりと咲いている野生の花々。これが原生花園本来の姿なのだと思う。
ただし、観光地として整備されているわけでもなし、植物が大事に保護されているわけでもない。花が咲き乱れる海岸の砂丘は、RV車が走り回った跡が裸地に変わってしまい、そこら中にゴミも散乱している。
それでも野生の花々は、そんな人間の愚行もまるで気にならないように逞しく咲き誇っているのだ。
ホロカヤントー・生花苗沼などがある晩成地区の原生花園、湧洞沼原生花園、長節湖原生花園、豊北原生花園(トイトッキ浜原生花園)等々、この付近の海岸線はほとんどが原生花園と言っても良いだろう。
私がここを訪れたのは2003年の6月下旬、まだオープンしていない湧洞沼のキャンプ場に泊まったのだが、原生花園の花に包まれた素晴らしいキャンプを楽しめた。
湧洞沼と太平洋に挟まれた1本の直線道路、その両側にはハマナス、ヒオウギアヤメ、エゾカンゾウ、センダイハギなど多くの花が咲き乱れている。
近くの高台には展望台もあり、太平洋や湧洞沼、その間に広がる原生花園の様子を一目で見渡せられる。
海側の砂丘には所々に車の通った跡がついていて、そこを歩けば花を踏み荒らす心配もなく原生花園の花を身近に楽しむことができる。
長節湖の方は花の種類など雰囲気は湧洞沼と似ているが、海水浴場の施設がちょっと目障りなので、静かに花を楽しむのならば湧洞沼の方がお勧めである。
トイトッキ浜原生花園は、ちょうどセンダイハギが満開を向かえていて、全体が黄色に染まっていた。
そのセンダイハギの下の方を良く見ると、ガンコウランが一面を覆っていて、その中には名も知らぬ可憐な花が沢山咲いている。
この付近は「トイトッキ浜野生植物群落地」として北海道の天然記念物に指定されている関係か、部分的に車の通る場所が柵で仕切られているので比較的植生は良好に保たれているみたいだ。
海岸に出ると小さな社(やしろ)やトーチカのようなコンクリートの残骸があったりと、何だか面白い場所である。
ここの国道からの入り口には、小さな「原生花園」と書いた看板が立っているだけなので注意していないと見落としてしまうかもしれない。
観光地化もされず訪れる人も少ないこれらの原生花園、静かに花を楽しみたい人には本当にお勧めの場所だと思う。
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